「常識にとらわれずに新しい領域に挑戦」  高安美佐子さん 大学院総合理工学研究科 准教授

人間個々の行動は複雑で、経済活動は物理学とは無縁のように見えますが、そこには物理的な法則があるという高安美佐子さん。コンピュータとインターネットを活用して膨大なデータを分析し、普遍的なモデルを構築する。そこから現象の予測と制御の方法を開発する研究に取り組んでいます。学問の領域を越えた多様なコラボレーションで、従来の物理学のイメージを塗り替えています。研究者の夫と2人の子供の4人家族。研究一色の生活ぶりは、自然体そのものです。

肉眼で見る世界とは違う世界がある

10歳の頃、お小遣いをためて望遠鏡を買いました。アポロ11号の月面着陸はTVで見たけれど、本物の月面を見て、実に美しいと思いました。望遠鏡の倍率を高くし、スケールを変えて観測すると、肉眼では見えない月のクレータなどの複雑で凹凸した世界が見えてきます。

中学・高校は、東京と茨城県の公立校。高校の進路指導で「物理は女の子には向いていないよ」と言う先生もいましたが、強く物理学に興味をもつようになり、名古屋大学理学部物理学科に進みました。

大学1年で最先端の学問と出会う

1983年、大学1年のときに、友達に誘われて「フラクタル研究会」に所属しました。学部生と大学院生が自主的にテーマを決めて研究をする「自主研究ゼミ」で、普通は大学院に行ってから始めるようなことを学部生からおこなっていたのは刺激的でした。

「フラクタル」とはフランスの統計学者、ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念で、当時は、カオス理論と合わせて、複雑系科学として大きく発展し始めた時期で、最先端の話題でした。フラクタル研究会では、身近な物理現象で観測できる複雑な形や現象の中に法則性があることを自ら実験して観測し、それを解析して、報告するという活動をおこなっていました。DNAの塩基配列がフラクタル的な構造になっていることを解析したり、たらいに墨を流してかき混ぜ、その墨の描く乱流パターンを半紙に写してフラクタル次元の計測をしたり、当時の複雑系物理学の最先端の研究を学生だけの組織で次々と解析し、先端的な成果を出していたのです。

その中で私がとくに興味を持っていたのは、神経細胞のネットワーク構造。大学2年のときに、人間は、知覚刺激の強さに対し、非線形な関数で感じるという心理学実験の法則を文献で知り、その原因を脳の神経細胞のネットワークが階層的な分岐構造を持つという数理モデルで合理的に説明できると考え、自分で理論計算したりしていました。

今から考えると、このような教養課程のころからの“研究ごっこ”の体験が、“研究者”という自分の進む道を強く意識するきっかけとなっていきました。

フラクタルの研究へのこだわり

image新しい分野の研究に取り組んできた二人の共著は多い

名古屋大学を卒業するときには、フラクタル研究会で知り合った夫と結婚し、夫が神戸大学に職を得たことをきっかけに、神戸大学大学院に進学することにしました。

修士在学中に、米国のイェール大学でフラクタルの概念をつくったマンデルブロ先生に直接研究指導をしていただく機会を得て、経済現象や株価の変動などにも自然現象と同じようなフラクタル構造があること、つまり、自然科学の延長で経済現象を記述することが可能であるということを学びました。また、その後、研究を指導していただいたボストン大学のH.E.スタンレー教授には、学問分野を超えた研究の広がりの中に、共通する物理現象が潜んでいるということを学び、今の私の研究につながる価値観はこのとき形成されたのだと思います。

子どもが泣いたら抱いて、寝たら研究

image国際会議にも子ども同伴で

2年半ほどのアメリカ滞在中に長女が生まれ、研究しながらの子育てが始まりました。指導教員の許可を得て0歳の子どもを大学に連れてきて、子どもが寝ている間にシミュレーションのプログラムを書いたり、理論計算をしたりし、子どもが起きているときには、なるべくたくさんの時間を一緒に遊ぶようにしました。

日本学術振興会特別研究員PDのときに、2番目の子どもが生まれました。小さな子どもたちは保育園に預けても最初は病気ばかり。肺炎などで1週間入院するようなこともあって、母親失格だと落ち込んだこともありました。

家の中が実験場に

imageガラスや下敷きでクレンザーや歯磨き粉などをはさんではがすと、できた模様がフラクタルの図形になっている

楽しいこともたくさんありました。子どもが不思議に思うことは私も不思議に思い、そういう不思議を一緒に実験してみることがたくさんありました。たとえば、子どもがお風呂掃除をしていて、クレンザーをつけたタイルに不思議な模様ができたとき、「ママ、すごいよ!」と呼びにきました。何とフラクタルの図形を子どもが発見したのです。お風呂場は実験室に変身。マヨネーズ、ケチャップ、なんでも試してみました。

家族を乗せたファミリーカーが交通渋滞にはまっても、楽しめました。その原因を渋滞中の車の中で夫と何時間でもディスカッション。オムツを変えながらでも、オムツを分解して高分子吸収ゾル・ゲル転移実験。生活のあらゆる場面が楽しい“遊び場”になります。

研究も大事、家族も大事

image研究室の本棚には小さかった頃の子どもたちの写真

日本学術振興会の特別研究員で東北大学にいたころ、渋滞現象の物理モデルの研究などで、人間の関わる社会現象でみられる複雑な現象の解明に強く魅了されていきました。当時、夫は東北大学の教授として赴任していましたが、仙台の自宅から通える範囲で自分の追求する分野の研究職を見つけることは極めて困難でした。2人で将来を話し合ううちに、家族が一緒に住めて、かつ夫婦2人ともそれぞれが自分のやりたい研究を続けられるポジションを探すことが理想だと双方で確信するようになっていました。

その後、夫はソニーコンピュータサイエンス研究所に、私は慶應義塾大学理工学部の助手に同時に職を得ることが実現し、東京で暮らすことになりました。

しかし、家族で一緒に暮らす生活はそう長くは続きませんでした。函館に新設される公立はこだて未来大学で、日本ではじめて開設される複雑系科学科に赴任するというお話をいただき、夫の助言に背中を押される形で2000年に函館に行くことを決断しました。函館での単身赴任の4年間は、生活は大変でしたが、新しい環境の中で現在の研究テーマにもつながるいくつかの新たな研究テーマに挑戦できたことが大きな収穫でした。その後、2004年に東工大の現在のポストに就き、今日に至っています。

家族といつも一緒に暮らせる幸せは女性研究者にとって、決して当たり前ではなく、難しいことだと実感しました。

隠されていた規則性を見つけたときのうれしさ

imageゼミ室は学生たちが自由に議論できるスペースになっている

複雑に見えることも、いろいろな見地から見ていくと、共通した規則性があることがあります。隠されていた規則性を見つけたときは本当にうれしいです。万有引力の法則を発見したニュートンは、1720年の株価大暴落で大損したとき、「私は、天体の動きは予測できるが、人間の狂気は計り知れなかった」と言ったそうです。今や「フラクタル」の考え方とコンピュータというツールにより、その「人間の狂気」も科学的に解明できるようになりました。

研究対象は多様です。たくさんの人間や企業の相互作用により生じる経済や社会の現象を解明するのが経済物理学ですが、金融市場の研究、小売における販売戦略および購買行動の特質や流通・販売ネットワークの研究、日本企業100万社の取引ネットワークを解析する企業ネットワークの研究など、社会のニーズもあり、研究分野はどんどん広がっています。

東工大に着任したときには誰もいなかった研究室の大きな学生部屋に、今では、10人のPDや大学院生が所狭ましと机を並べ、各々の研究テーマを追求しています。アカデミックな興味から創出された問題だけでなく、企業業務の中で蓄積されてきた膨大なデータの解析などもおこなっており、私も学生もデータを通して、実務の世界に触れることで日々新たな刺激を受けています。

夢は研究が社会の新技術として実用化されること

image

今までの研究者としての興味・研究の対象は、生物・情報、経済や社会現象へと広がって、統計物理学や数理物理学の土俵でモデル化してきました。これからは、このような境界領域の研究で観測される共通の数理現象をより普遍的なフレームワークで体系立てていくことが大切だと考えています。幸運にも、自分が研究を始めた頃は、たくさんの学際的分野はまだ芽吹いたばかりでした。そのような初期段階にある研究領域に飛び込むことは、若い研究者にとってリスクもありますが、大きなメリットもあると考えています。データを取得し、解析し、理論構築(基礎研究)し、そしてその社会へのアプリケーション(応用研究)を構築するという様々な段階の研究プロセスに、自分が直接関与できるからです。

今、私の研究室では学問の領域を超えた形で共同研究が進んでいます。企業とのコラボレーションも始まっています。その研究成果が、今までになかった画期的な新しい技術として社会で実用化されるまで見届けたいと思っています。

新しい領域に飛び込んで、その謎に挑戦する楽しさ

研究者に必要な資質は、好奇心と探究心だと思います。女性の研究者が研究から離れてしまうときは、家庭環境などの様々な継続困難な理由があると思います。いろいろな選択肢がありますが、自分を信じて、自分のことを大切に考えてほしい。続けていかないとそこで途切れてしまう。続けていると、行き止まりと思っても、そこから道が見えてくるはずです。これは未来の私にも言えることです。

(聞き手 石渡秋、 構成 中村泰子)

高安 美佐子(たかやす・みさこ)

imageフラクタルの数理の基礎研究は複雑系を理解する上でとても大切です

  • 名古屋大学理学部物理学科卒業(1987)。
  • 神戸大学大学院自然科学研究科物質科学専攻博士課程修了(1993)。
  • 東北大学大学院情報科学研究科日本学術振興会特別研究員PD(1993~1996)。
  • ボストン大学物理学科教室客員研究員(1996~1997)。
  • 慶応義塾大学理工学部助手(1997〜2000)。
  • 公立はこだて未来大学システム情報科学部複雑系科学科助教授(2000~2004)。
  • 2004年から現職。

研究内容は、数理物理学。人間の集団行動の物理学、日本企業100万社のネットワークの構造解析と形成、経済物理学による金融市場のモデル化、インターネット情報流の渋滞相転移と制御、交通渋滞。著書に『フラクタルって何だろう』『経済・情報・生命の臨界ゆらぎ』『バタフライパワー』(翻訳)など。

参考リンク

Leap 理工系女性研究者プロモーションプログラム

English

東京工業大学ホームページ